映画

のりさんから3月の「5時からシネマ」のお知らせです!!!
3月9日から15日です!!!
皆さんふるってご参加下さい。
のりさんとも飲めるよ!!!
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今年最初の投稿です。
のりさんから「5時からシネマ 若松孝二 初期傑作選」のお知らせです。
ぜひご参加ください。

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昨夜、池袋の新文芸座へ行き、「追悼を越えて 若松孝二in池袋」を見て来た。
上映作品は、『新宿マッド』(1970/若松プロ)と『性賊セックスジャック』
(1970・若松プロ)。
2本とも相当な「雨降り状態」のフィルムだったが、1970年の新宿や多摩川
周辺「川向こう」の時代状況を映し撮った作品だった。そして上映後に、司会の
足立正生、ゲストの秋山道男、小水一男が登場した。

足立は二人を若松プロに文化大革命を起こした"革命児"とまず紹介した。そし
て、「劣悪な環境のなかで 若松孝二の思いつきを絵にしてきたこの二人に拍手し
てください」と語った。若松プロ入社当時、小水は日大芸術学部の学生でまだ1
8才か19才、カメラを持って若松と会ったところ、酒を飲みたかった沖島勲に取
り上げられ質に入れられてしまったという。秋山は小水より2才くらい下で高校
を出たての芸術をめざす若者だったという。足立はトークの大半を、 若松孝二と
いう監督のもとで、こき使われながら、必死に監督の意図を絵にしてきた二人の
エピソードに割いた。

二人とも死を覚悟するような状況について語った。秋山はビーチで撮影の邪魔に
なるゴミを素手で掃除していたところ巨大なムカデを掴んでしまい、その毒針に
刺され手がグローブのように腫れたうえ、心臓にも異常を感じ、救急車で病院に
運ばれた。「それじゃな」と送り出した 若松だったが、当時の若松プロで病院に
入ったスタッフはみな「よくなったら金を払わず病院から逃げてこい」と言われ
るのが常だったという。小水も真冬の青森かどこかの海岸で、ワカメを頭からか
ぶり下駄の鼻緒を手に海からあがってくるという演技を面白おかしく語った。

金も無かった、時代劇の撮影でちょんまげのカツラが一つしかないのに、若松
が「宴会シーンが撮りたい」と言い出したことがあったという。自分たちの酒や
食べ物もないのにどうするのか?困ったスタッフは新聞紙でちょんまげをつくり、
酒に酔って踊る登場人物たちを障子のシルエットで表現したという。また秋山は
当時万引きで食いつないでいて大島渚監督の「新宿泥棒日記」では万引きの演技
指導をした際、あまりの鮮やかな万引きぶり故田辺茂一紀伊國屋書店社長を驚嘆
させたエピソードを持つという。

二人は若松プロの助監督だったが、何でもやったという。秋山は美術関係に強か
ったので、女優の前貼り貼りから大道具、音楽を。小水はカメラに強かったので、
映画の撮影まで前日にフィルムチェンジのやり方を習い、やったという。そして、
俳優が足りないときは、二人とも街で役者を探し、それでもいないときは、自分
たちが出演した。『新宿マッド』では秋山はギターを弾く「フーテン」の若者を、
そして『性賊セックスジャック』では秋山は主役のテロリストを、小水はセクト
の大物を演じている。

最後に足立に若松プロとは何だったのか聞かれた秋山は「独りで風に吹かれて生
きている、若松、足立、大和屋、沖島の4人の大人がいた」と語り、小水は「以
後の人生何が来ても恐くなくなった。若松個人でなく、4人の監督から針のムシ
ロのような刺激をもらった」と語った。そして足立は 若松孝二について、「単に
どういう映画をとるかということではなく、才能あるこの二人の若者と闘争して
いた。そしてその才能を生かしていた」と語った。

この日、足立は何回も「この二人に拍手してやってください」と語った。それ
は、 若松孝二と自分も含めた若松プロの"戦士"たちの40年を振り返った足立
の素直な気持ちのように思えた。

最後に、二人の若松プロ後について記しておく。
秋山道男は、テレビの放送作家,「無印良品」,「チェッカーズ」のプロデュー
スなど手広く活躍し、「YMO散開」後の1984年には細野晴臣のおすみつきで、
「二代目YMO」を2ヶ月間だけ襲名した。その後も多方面でプロデューサーとし
て活躍している。
小水一男は若松プロ後一時映画界を離れ、写真家・長濱修の下で商業写真を手がけ、
1990年、旧友であるビートたけしからのオファーにより映画『ほしをつぐもの』を
監督した。現在Vシネマなどのビデオ映画のプロデュースを行う傍ら、東京・初台で
レストラン「コズミックダイニング・ガイラ」を経営している。(この店には私しばしば
行っています。カレー屋ですが、夜は飲み屋です)
 
足立正生については語るまでもないだろう。

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今年の「しんゆり映画祭」について若干宣伝させていただきます。
上映作品やタイムテーブルの詳細については「しんゆり映画祭」で検索して調べてください。
しんゆり映画祭2012

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今年のテーマは「映画よどこへ」。

抽象的なテーマ設定ですが、その「こころ」はホームページをお読みください。

私の今年の関わり方ですが、
去年は『ヘブンズストーリー』を担当しましたが、今年は推した『恋の罪』が落選したため、個別の作品には関わっていません。

その代わりといってはなんですが、
みんなから「遊ぶな」と言われ、10月7日(日)『勝手にしやがれ』上映後のトークの司会をすることになってしまいました。







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ゲストは「シネマテークたかさき」の志尾睦子支配人。

シネマテークたかさきというのは、群馬県高崎市にあるミニシアターで、2004年に市民映画館としてNPOが独力でオープンした、しんゆり映画祭が目標としてきた映画館です。

映画上映がデジタル化するなかで地方のミニシアターは導入費用の問題や上映作品の縮小をめぐり、いま危機にあります。

志尾さんには、この危機のなか「嘆くのでなくどう魅力的な上映を行っていくのか」聞くことになっています。







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ディレクターを仕事としてきた私ですが、自分で司会として前に出るのは不得意で、去年の『ヘブンズストーリー』の司会も冷や汗をかきながらやりました。

しかし、人間新しいことをやらなければ進歩はないと今年も恥をかきます。

志尾さんの話は面白いと思いますので、興味のある方はご来場ください。

また、映画上映のデジタル化でより深刻な影響があるのが地方の公民館などを会場としている映画祭です。1000万円近くするデジタル映写機を導入するメドもたたず、存続の危機に追い込まれています。

志尾さんとのトークのあと、場所を移して全国の映画祭関係者との懇親会も予定されています。





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P.S.
荻大的に上映作品でお勧めは
「スクリプター白鳥あかねの映画人生50年」で
10/8(月・祝)19:10〜上映される
『縄張はもらった』
でしょうか。

その他魅力的な作品が多数あると思いますので、ホームページのラインナップを是非ご覧ください。












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「しんゆり映画祭」は10月終了しましたが11月に上映会を企画しました。

名付けて『5時からシネマ』。川崎市アートセンターのお客は高齢者が多く午前中の集客は好調なのですが、夕方から夜にかけての集客がいまいちなので、学業や仕事が終わった若者や若いサラリーマン・女性が集まる"とんがった"企画をやろうというのが狙いです。

<上映作品 >
●『青春の殺人者』
1976年/日本/2h12/35mm
監督:長谷川和彦
出演:水谷豊、原田美枝子、市原悦子、内田良平
・1976年度キネマ旬報ベストテン第1位

息子にスナック経営をまかせた両親。ところがウェイトレスを淫乱女だと父はなじり、母も少女に対して執拗に嫉妬し、やがて息子を混乱へとおとしいれていく。

●『太陽を盗んだ男』
1979年/日本/2h27/35mm
監督:長谷川和彦
出演:沢田研二、菅原文太、池上季実子、伊藤雄之助
・1979年度キネマ旬報ベストテン第2位

テロや天皇制、原子力といった重いテーマを取り込みながら、壮大なスケールのエンタテイメントに仕立てられた、他に類を見ない名作。

<上映日 >
 11/19(土) 17:00(青)★上映後トーク
11/20(日)      17:00(太)、20:00(青)
11/22(火)、23(水) 17:00(青)、20:00(太)
11/24(木)、25(金) 17:00(太)、20:00(青)

(青)⇒「青春の殺人者」、(太)⇒「太陽を盗んだ男」 ※21(月)休映

<料金>
チケットは当日券のみ。各日16:30より販売開始 *二本立てではありません
入場は「行列早いモノ順。原則立ち見なし(113席)
(1)1回券 1000円(一般・シニア) 
(2)1回券 800円(大学・専門学生・障がい者・付添(1名まで)・会員・高校生以下)
(3)2枚セット券 1600円(同じ作品を2回観てもOK!上映期間中別の日に利用しても OK!あの子とシェアOK!)

<ゲストトーク>
★11月19日(土)『青春の殺人者』上映後 ゲスト:原田美枝子さん(確定)、長谷川和彦監督(予定)

その他 ◎おでんと日本酒有ります!
11/19(土)トークイベント終了後と11/23(水・祝)『青春の殺人者』上映後、おでんと飲み物をご用意します。ほんのりあたたまるひとときをご堪能ください。

<主催>
NPO法人KAWASAKIアーツ、後援:「しんゆり・芸術のまちづくり」フォーラム、協力:川崎市アートセンター
【しんゆり発 5時からシネマ Vol.1】

「5時(ごじ)からシネマ」なので「ゴジ」の映画だ!という悪のりですが、よろしければ、遊びに来てください。上映とトーク後は「おでん宴会」を用意しています。(3階コラボレーションスペースにて)料金が 書いていないということは「ただ」!?



三浦規成です。


10/16(日)
  『ヘブンズ ストーリー』上映
    時間:14:20~
       (上映時間4時間38分 途中休憩あり)
    場所:川崎市アートセンター映像館(113席)
        (小田急線新百合ヶ丘駅北口徒歩3分)
    ゲスト:瀬々敬久監督、山崎ハコさん
        (トーク時間40分)

    *山崎ハコさんは前日新潟でコンサートがあるので
     難しいかもしれないと思っていましたが、出演し
     ていただけることになりました。感謝いたします

    料金:前売り1800円  当日 2000円
       (前売りは川崎市アートセンター、チケット ピア等にて販売)
         
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©2010へヴンズ プロジェクト/配給:ムヴィオラ

  
*詳しくは「KAWASAKIしんゆり映画祭」のホームページをご覧ください
http://www.siff.jp/siff2011/lineup2011_shinyuri02.html

7月19日の原田芳雄さんの死から二か月、その不在がボディブロウのようにじわじわ身に沁みる今日この頃です。 『キネマ旬報』の追悼特集はお読みになりましたか?

荻大の皆さんはとうにご存じかと思いますが、池袋の新文芸坐で17日から追悼上映が始まります。日替わりですので、もう一度ぜひ観たい作品、未見の作品をどうかお見逃しなきよう。

《日本映画アウトロー ぶっ飛ばせ 追悼 原田芳雄》

9/17(土) 「赤い鳥逃げた?」「祭りの準備」
 ※13:40より江藤潤のトークショーあり。
9/18(日) 「われに撃つ用意あり」「寝取られ宗介」
 ※13:45より若松孝二監督のトークショーあり。
9/19(月) 「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」「ニワトリはハダシだ」
 ※13:45より森崎東監督のトークショーあり。
9/20(火) 「復讐の歌が聞える」「反逆のメロディー」
9/21(水) 「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」「野良猫ロック 暴走集団'71」
9/22(木) 「無宿人御子神の丈吉 牙は引き裂いた」「修羅雪姫」
9/23(金) 「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」
 ※14:35より荒戸源次郎、大楠道代、山根貞男(映画評論家)のトークショーあり。
9/24(土) 「悲愁物語」「夢二」
9/25(日) 「竜馬暗殺」「浪人街 RONINGAI」
9/26(月) 「やさぐれ刑事」「反逆の旅」
9/27(火) 「友よ、静かに瞑れ」「どついたるねん」「新世界」
 ※15:00より阪本順治監督、山根貞男(映画評論家)のトークショーあり。
9/28(水) 「父と暮らせば」「美しい夏キリシマ」
 ※13:45より柄本佑のトークショーを予定。

さらに詳しくはHPを。
http://www.shin-bungeiza.com/schedule.html#d0917

最近見た映画で触発された映画の一つに『海炭市叙景』がある。川崎市アートセンターでこの映画を見たとき、しばらく座席から立てずこの重いストーリーをどのように受け止めればいいのか整理できなかった。現代社会のなかで揺らぐ個人がオムニバスで描かれていた。希望が感じられるシーンもあるが答えはない。

居酒屋に行き『奥の松』を飲みながら映画のなかの色々なシーンを反芻しているとき、突然、映画の舞台になった函館に行きたくなった。そして函館の映画館「アイリス」で『海炭市叙景』を見たいと思った。「アイリス」は30年以上前、私が函館で自主上映活動を手伝っていたときのメンバーらが参加して作った市民映画館だ。川崎市の映画館で見るのと違うことが感じられるのではないかと思った。

1か月後、吹雪のなかの函館にいた。『海炭市叙景』を再度見る前に一面雪に覆われた函館の街を歩き回る。そこで感じたのは「雪道を歩く時の足もとの不確かさが函館人の精神構造に影響を与えているのではないだろうか」ということだった。雪道は車の轍や人の足跡でゴツゴツとしていて非常に歩きにくい。突然10センチくらい横滑りすることもあれば、思わぬ水溜りが雪の下にあることもある。一番危険なのはアイスバーンだ。自動車の前で転んで危うく轢かれそうになった人を見かけた。

常に少し前のめりになって足元を見つめながら、重心の位置を一定に保たなければならない。前後から現れる車に常に注意して、交差点を渡るときは転んだ自分もイメージしながら、足早に進む。重心を一定にするということが重要だ。足もとはゴツゴツしていて、自分の体重ですぐに変形する。東京のように気を抜いて歩くことはできない。

とまで考えて、これは「現代を生きる」ということに他ならないと気づいた。

『海炭市叙景』の登場人物たちも、突然の解雇通知、妻との不和、経済的苦境、DV、親との乖離など様々な起伏のなかで重心を必死に保ちながら生きている。自分の前に現れる問題をきれいに解決し、平らな道を歩くことはできない。できることはゴツゴツした足元を見つめながら、重心を保って歩き続けることだけだ。

そう感じて見た『海炭市叙景』は、川崎市アートセンターで見たときよりも何倍も鮮明に心に迫ってきた。『鬼畜大宴会』は嫌いな映画だったが、熊切監督はガラリと作風が変わり、抑えた演出と暗喩に満ちた表現でこの映画をつくった。

映画館を出るとき受付に「アイリス」の代表で『海炭市叙景』のプロデューサーである菅原和博さんがいたので挨拶した。しばらく雑談をしていて、私が20代のころ函館で手伝っていた自主上映のことを実によく知っていることに驚いた。特に唯一黒字をだした『タクシードライバー』の上映を熱く語る姿に、人と人を結びつける映画の力を感じ、この映画制作に函館という地で情熱を傾けた菅原さんにシンパシーを抱いた。

『海炭市叙景』を函館で見たい!とわざわざ青森新幹線に乗って函館に来てしまったが、来て良かったと思った。たまにはこういう酔狂も悪くない。

(三浦規成)

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映画『海炭市叙景』
152分、カラー 35mm、2010年、『海炭市叙景』製作委員会
監督:熊切和嘉、原作:佐藤泰志、企画:菅原和博、音楽:ジム・オルーク、脚本:宇治田隆史
出演:谷村美月、竹原ピストル、加瀬亮、三浦誠己、山中崇、南果歩、小林薫

作品解説
村上春樹らと並び評されながら不遇だった小説家・佐藤泰志の幻の小説の映画化。海炭市とそこで人生に苦い想いを抱えて生きる人々の姿を、函館市民の協力を得て、優しく包み込むように描き出した熊切和嘉監督の傑作。

あらすじ
その冬、海炭市では、造船所が縮小し、解雇されたふたりの兄妹が、なけなしの小銭を握りしめ、初日の出を見るために山に昇ったのです...。プラネタリウムで働く男は妻の裏切りに傷つき、燃料店の若社長は苛立ちを抑えきれず、父と折り合いの悪い息子は帰郷しても父と会おうとせず、立退きを迫られた老婆の猫はある日姿を消したのです...。どれも小さな、そして、どこにでもあるような出来事です。そんな人々の間を路面電車は走り、その上に雪が降り積もります。誰もが、失ってしまったものの大きさを感じながら、後悔したり、涙したり、それでも生きていかなければならないのです。

(第23回東京国際映画祭より)

映画『海炭市叙景』公式サイト(http://www.kaitanshi.com/)

 きっかけは林美雄さんからの電話でした。
 林パックのリスナーの一人だった私は、毎回のようにリクエストはがきを出していました。そこにはリクエスト曲だけでなく、最近観た映画の感想なども当然書いていました。
 そんな私のはがきに、林さんが目を留めて電話をくれたのです。

 私が大学に入学したのは1973年のこと。
 大学に入ってからは、毎週土曜日の文芸地下オールナイト5本立てに通っていました。このオールナイトで日活の旧作品を立て続けに観た私は、藤田敏八監督や長谷部安春監督の作品に惹かれました。
 二人の監督がそろってメガホンをとったのが、「野良猫ロック」シリーズです。シリーズ5本は独立した作品ですが、どれも主演が梶芽依子で共演が藤竜也です。
 私ははがきに日活の旧作品のこと、とりわけ「日活ニューアクション」と呼ばれる作品群のことや長谷部監督のアクション映画について熱く書き送ったのです。

 林さんからの電話は、「スタジオに遊びに来ないか」というものでした。長谷部監督と藤竜也がそろってゲストに来るので、二人と話してみないかというのです。
 一方的にはがきを送っていたただの聴取者である自分が、あの林パックに出るなんて思ってもみなかったことでしたが、こんな機会は二度とあるまいと思い誘いを受けることにしました。

 放送当日、私は一人で赤坂のTBSに向かいました。受付で林さんを呼んでもらいました。現れた林さんは、ラフな服装で少し色のついたメガネをかけていました。人見知りするのか、あまり話もしないでスタジオ近くのアナウンス室に案内してくれました。部屋には二人の青年がいました。
 「しばらくここで待っていて。」
と言って、林さんは部屋から出て行きました。
 二人もゲストとして招かれたのかと思いましたが、どうもちがう様子でした。あとから分かったことですが、この二人はときどき林パックを見学しに来ているのでした。

 放送で長谷部監督・藤竜也とどんな話をしたかは覚えていません。

 ゲストがスタジオから去ったあとも、放送が終わるまで私は二人の青年とガラス越しに見学をしました。
 空が白くなりかけた頃、声をかけてくれたお礼を林さんに言ってTBSを後にしました。
 二人と一緒に地下鉄に乗りました。青年の一人は山G君という名前でした。もう一人とはJR(その頃は国電でした)も一緒でした。私は中野で降り、彼は青梅のほうまで帰ると言っていました。
 これが中S君との初めての出会いです。

(黄土)