カルメン・マキ リサイタル報告

年末に『小田急線各駅飲酒』を取材する時間的余裕がなくなり、大輔編集長から12月27日に聞きに行った「カルメン・マキ リサイタル」について書くように求められたので以下書きます。

このコンサートはマキさんのホームページ上でも歌手生活42年を振り返る力をいれたコンサートとして書かれていたので期待していた。ただマイコプラズマ肺炎で11月25日の「MANDA-LA2」のコンサートが中止になっていたのでコンディションが懸念されていた。また、「歌手生活42年を振り返る」といっても演出が元「天井桟敷」のジュリアス・シーザーということでOZ時代の曲がどのように歌われるのかということも気になった。チケットを買う機会を12月に入っても逸していたが、12月上旬新宿ゴールデン街に寄った帰りにサブナードの「チケットぴあ」の店頭をのぞいたらチケットが目に入り購入した。

当日は仕事が午後3時過ぎに終わったので会場のある新宿に早めに行き、全労済ホールの近くで時間をつぶしていた。そして開場の午後6時に入場。やはり会場には60才近い年配の客が多い。会場で配られたチラシには、このコンサートが故寺山修司夫人の九條今日子さんのプロデュースであることとともに、マキさんが1951年ユダヤ系アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれ、17才の時「天井桟敷」に入団し、1969年に「時には母のない子のように」で歌手デビューしたことが書かれていた。

6時半、バックバンドとともにマキさんがステージに登場。舞台から遠い席なのではっきりとは分からないが、随分体を絞った印象。多分このリサイタルには期するところがあったのだろう。最初の曲は「時には母のない子のように」。気負わずさらっと歌った。11月に患ったマイコプラズマ肺炎の影響は感じられない。その後第1部は寺山修司作詞の曲を柱に次々と歌った。演奏曲の一覧表がコンサート後配られたので演奏曲を以下記す。

一部
① 時には母のない子のように
    作詞:寺山修司 作曲:田中未知 1969年デビューシングル
  ~朗読:お月さましか話し相手がいなかったら
     詩:寺山修司

② のこされた人形のうた
    作詞:水野礼子 作曲:山本幸三郎 1998「BEST & CULT」

③  時計をとめて
    作詞/作曲:水橋春夫 1998「BEST & CULT」

④ 子供-家族の肖像
    作詞:谷川俊太郎 作曲:田中未知 1969「アダムとイブ」

⑤ 種子-はだしで駆けて行くと
    作詞:新川和枝 作曲:村井邦彦 1969「アダムとイブ」

⑥ 海の詩学
     詩:寺山修司 2009年「ペルソナ」

⑦ ペルソナ
    作詞:高橋睦郎 作曲:和田誠 1969「アダムとイブ」

⑧ A bird & A flower
    作詞:カルメン・マキ 作曲:立花泰彦 アルバム未収録

⑨ 戦争は知らない
    作詞:寺山修司 作曲:加藤ヒロシ 1969「真夜中詩集 ろうそくの消えるまで」

⑩ マキの子守歌
    作詞:寺山修司 スペイン民謡 1969「真夜中詩集 ろうそくの消えるまで」

二部
① 北の海
     詩:中原中也 2009年「ペルソナ」
② 人魚
    作詞:カルメン・マキ 作曲:春日博文 1969年「UNIZON」

③ Lilly was gone with Windowpane
    作詞/作曲:カルメン・マキ 2003年「carmen maki & salamandre」

④ 友だち 
     詩:寺山修司
   ~てっぺん
    作詞:カルメン・マキ 作曲:鬼怒無月 2009年「ペルソナ」

⑤ NORD-北へ
    作詞/作曲:カルメン・マキ アルバム未収録

⑥ 私は風
    作詞:カルメン・マキ 作曲:春日博文 1975年「カルメン・マキ&OZ」

⑦ SOUL
    作詞/作曲:リクオ


第1部はこれまで聞いたことのない曲も多く、「カルメン・マキ、テラヤマ・ワールドを歌う」という色あいが強かった。OZ時代の曲を愛する私には物足りなさが少し残った。しかし、これは演出が元「天井桟敷」のジュリアス・シーザーでこのコンサート自体が元「天井桟敷」の飲み会で発案されたものであることを考えれば当然だろう。しかもバックはOZでなくSALAMANDREなのだ。第1部と第2部の間の休憩時間にもロビーで「春日博文の飛び入りはないのかな」と話すOZファンの会話が耳に入ってくる。

第2部に入ると日本のジャニス・ジョプリンとも言われたカルメン・マキの曲が歌われていく。
皆、あの曲を待ちわびているのが感じられた。

そして、その時がきた。第2部後半で「NORDー北へ」という阿部薫と鈴木いづみの物語をテーマにした曲からにわかにテンションが上がってきた。そして「NORDー北へ」が終わると。突然始まった。「私は風」が。

観客がステージ前方に駆け出すのではないかと私も一瞬身構えたが、動く観客はいなかった。みな、自分の席で「私は風」を受け止めていた。私の前の席の女性は顔を左右に激しく振りながら、髪を掻きむしっていた。その隣の男性は座ったまま縦のりしていた。

あぁ もう涙なんか枯れてしまった明日から身軽な私
風のように自由に生きるわ ひとりぼっちも気楽なものさ

この曲でシャウトする部分。驚いたことに声が30年前同様に突き抜けて出ていた。 11月にマイコプラズマ肺炎に罹って声が出なかったと聞いていたので、心配していたのだが、完璧なシャウトだった。

会場がどよめき、揺れるのが分かった。

あぁ 私を抱いて気の済むように 抱いたあとであなたとはお別れよ
どうせ私は気ままな女 気ままな風よ

SALAMANDREの演奏も新たな「私は風」を作り出していた。春日博文がいないのは残念だったが、そんなことはどうでもいいと感じさせる歌と演奏だった。コンサートが終わってから寒風のなか新宿駅まで歩いたが、マキさんから伝えられた"熱"でちっとも寒くなかった。

「コンサートはやっぱり生で見なきゃ」と感じた夜だった。

111227carmenmaki.jpg


コメント(1)

大輔 Author Profile Page:

貴重なリポートありがとうございました。

カルメン・マキさんの話をするとちょっと長くなりますが、実は生まれて初めて買ったLPが「真夜中詩集」でした。その後オズ時代にも追いかけましたが、歌の上手さは最近さらに磨きがかかっていますね。

ここ10年くらいオペラなども含めて色々なジャンルを聴くようになって改めて思うのですが、歌の実力というのはジャンルを超えるのではないでしょうか?

浅川マキさん亡き後、カルメン・マキさんにはライブで頑張って欲しいですね。

コメントする