小田急線各駅飲酒 第12回 千歳船橋「かんぴょう」

千歳船橋は海に近いわけでもないのになぜ船橋という地名がついているのか不思議に思っていたが、今回調べてみると、元々湿地帯で、昔交通の便のために船橋を架けたからだという説と船橋吉綱の一族が住んでいたからだという説がある。そして千葉の船橋と区別するために古くからのこの一帯の地名「千歳」を頭につけたらしい。

世田谷代田駅と同様に千歳船橋駅はほとんど途中下車することがない駅である。新百合ヶ丘に引っ越してから、この13年間に記憶にあるかぎりでも1回しか降りたことがない。そのときの記憶では飲み屋などほとんどなかったような気がしていた。

ところが、今日夕方、駅の南口を歩いて驚いた! 10分歩いただけで、入ってみたいと思う居酒屋がゴロゴロとある街だったのだ! 千歳船橋の商店街は、近隣の駅と比べても独特の雰囲気を持っている。なぜか肉屋と居酒屋が多く、昭和30年代のレトロな商店街の匂いを残している。まず、5月14日に開店したばかりだという焼き鳥屋に入った。焼き鳥屋といっても、串揚げやおでんもある大衆居酒屋だ、焼き鳥と串揚げを2本づつ、それとユズサワーを頼んだ。レベルの味には達している。次に入ったのが串揚げ屋。串3本とサワーのセット500円と安いセットがあったので注文した。なかなか美味しい。この2軒で「千歳船橋恐るべし!」の印象を持った。

そしていよいよ事前にネットの「食べログ」で調べていた「かんぴょう」という店に入った。「食べログ」の居酒屋ランキングでは千歳船橋はほとんどの店が「3.0」前後。「なぎ屋」というチェーン店が「3.51」、「かんぴょう」が「3.17」で頭ひとつ抜け出ていた。チェーン店は「小田急線各駅飲酒」に書かないことにしているので「かんぴょう」に入る。

店に入るとカウンターが6〜7席とテーブルがあり、照明もしゃれたシックな内装。カウンターの隅に座り、「鶴齢」の冷やと大皿の牛すじの炒め物の料理を注文。なかなかいける。ただ隣のアベックがいちゃつき始めたので、この店の評価は次回に譲ることにして席を立つ。

千歳船橋かんぴょう.JPG
そして、1週間後の夕方6時、再び「かんぴょう」に入る。今回はカウンター内に店のご夫婦がいて客は常連客が1人という静かな雰囲気。まず、日本酒は今回も「鶴齢」を頼み、食べ物は大皿に乗っていたブロッコリーを頼む。「味付けはどうします?」と聞かれたので「お任せします」と答えると、「マヨネーズじゃつまらないし、アンチョビのソースにしてみようか? でも日本酒に合うかな?」とマスターが迷っていたので「アンチョビのソースでお願いします」と頼む。でてきた「ブロッコリのアンチョビソース付け」は少し「塩っぱい」感じだったが、濃厚な「鶴齢」とマッチしていた。
マスターはもともと青山の割烹料理屋で働いていたという。12年前に独立し、千歳船橋に店を開いたというが、腕の方はまあまあのようだし、なかなか研究熱心に見受けられた。それと奥さんが活発な方で常連と話しながらマスターをサポートしていた。その後料理は岩がき(480円)を食べ、日本酒は秋田の「新政」を飲んだが、両方とも美味だった。お会計は2980円と私の計算通り。この店は今後も通う価値があるように思われる。

その次に訪れたときは若干不幸な展開だった。

店に到着し、カウンターに座ったところまでは幸せな展開だった。マスターは「今日は大きなホヤが入荷しているよ」と言い、奥さんは「秋田の濁り酒があるけれどどう?」と言った。即決で両方頼んだ。ホヤは大きなホヤで新鮮そうだった。私は本当はホヤは中の塩水で食べるのが好きなのだが、そこまで新鮮かどうかはわからないので、黙っていた。ホヤは酢で洗われて出てきたが、身が厚く、独特の甘みが口の中に広がった。「青森の酒で胃に洗い流したいなあ」と考えていると、メニューに青森の酒「豊杯」の名が目に入った。「豊杯」は弘前の杜氏、三浦兄弟が作る美味しい酒だ。「いいなあ。頼もう!」と思った。幸せはここまでだった。 

突然店に「いいですか!」という声とともにおばちゃん軍団が入ってきた。何かの集まりの後らしく、賑やかな集団でカウンターとは離れた窓際のテーブル席に座ったのでさほど気にしていなかったのだが、この集団の入店で店は突然忙しくなった。 生ビールとお通しが出されるところまでは普通の展開だったが、おばちゃん軍団の注文はなかなか決まらなかったので、カウンター内の動きが若干乱れ始めた。つくね焼が注文されたが、焼き始めてしばらくしてから一人のおばちゃんが、「私だけタレでなく塩で焼いて」と叫ぶとマスターは困ったような顔をした。多分手順に何か問題が生じたのだろう 

さらにマスターを困惑させる出来事が起こった。カウンター内にはその日は新しい若い男性アルバイトらしき人物が入っていたが、注文の「ほうれん草のサラダ」を作るのに手間取っていた。奥さんが側に行って手伝いだしたが、マスターの声が飛んだ。「手伝うな!手伝っていたらいつまで経っても仕事を覚えないだろうが!」その声に、奥さんは離れていった。マスターの厳しい視線が若い店員に注がれ、彼は明らかに緊張しているのが分かった。そしてミスを犯した。まな板の隅に置いてあったものを捨てるとマスターの大声が飛んだ。 

「何してるんだ!いま、何を捨てた!」 若い店員は青ざめた表情でうつむいた。 

「今日わさびはそれしか無いって、話したばかりだろうが、馬鹿野郎!」 

そこにまたサラリーマン客3〜4人が入店してきた。奥さんと若い店員は慌てて接客に走ったが、店内は混乱していた。気がつくと私の日本酒グラスは空で、次の食べ物の注文もしていなかったが、店側で私の状態に気を使っている人は皆無だった。「今夜これ以上この店にいてもいいことは何もない」と感じた。側を通り抜けようとする奥さんに「お勘定をお願いします」と言い、2310円払い席をたった。

ただ、この出来事でこの店が嫌いになったわけではない。一生懸命仕事をしているなかでのミスや混乱なので、起きるときは起きる。そういうとき常連ができることは、静かに見守るだけだ。直すべきところは店が当然分かっているはずだ。次に行ったときどのように修正できているか、見守るのも常連の役割だ。

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