編集長大輔のつぶやき 2012.9.29

5月某日

取材で北イタリアとオーストリア各地を回った。森林資源の活用がテーマで有意義な旅だったが、これまでと違うのはカメラマンとして参加したこと。最近の機材は優秀で素人でもきれいに撮れるようになった。技術的に難しくなければ演出が撮影した方が狙いの映像が効率的に撮れるのかもしれない。ドキュメンタリーも近い将来全部一人で撮るのが当たり前になるのかも。もっとも原一男さんたちはとっくにそうしてきた。ヨーロッパでは一人で何役もこなすのが当たり前。日本だけが分業しすぎているのかもしれない。

 

5月某日

6月下旬まで日本に行くことになった。熊本・水俣での取材。かつて70年代に観た土本典昭監督のドキュメンタリー映画を思い出した。不知火海の美しさには息を呑んだ。この海に水銀を流したチッソは今も水俣で液晶工場の操業を続けている。一方、胎児性水俣病の患者さんたちは50代以上になった。水俣病の公式確認は昭和31年で僕が生まれた年。だから胎児性の患者さんの多くが僕と同じ年だ。つまり、もし僕が水俣に生まれていたら確実に水俣病になっていたということ。水俣も福島も自分の問題として捉えなおしていかなければならない・・・と改めて思った。

 

6月某日

官邸前の大飯原発再稼動に対する抗議行動が、大きな広がりを見せ始める。22日に参加したが、かなりの人数が集まっていたのでしゅんさんに即電話。映像ドキュメントでの取材を勧める。この夜報道ステーションが初めてこの抗議行動を報じた。翌週の29日には最大規模に膨れ上がった。

 

6月某日

しゅんさんと相談して「映像ドキュメント」の「蔵の映画会」で今回取材した水俣の番組を生で観てもらうことにした。アーカイブス番組なので過去の作品と現在の状況を併せた構成。「公害」や「企業の犯罪」という意味で福島に引き付けて構成したが、どれくらい伝わっただろうか?その3日後「荻大飲み会」も開催できないまま日本を後にする。

 

7月某日

日本から姉夫婦がウィーンを訪問。今年はクリムト年(生誕150年)なので、ベルヴェデーレ宮殿の特別展などを一緒に訪れる。その他久しぶりに王宮やシェーンブルン宮殿、さらにザルツブルクまで足を伸ばす。時々日本からお客さんを迎えると自分も色々と見直すことができるのでうれしい。荻大の皆さんもぜひどうぞいらして下さい。(笑)

 

8月某日

小沢一郎が民主党を去り「国民の生活が第一」を立ち上げる一方で、野田政権は原発政策を明確にしない。離党、不信任案、問責と、「政局」をテーマにマスコミが騒ぐわりには事態は何も進まない。ただ消費増税だけが着々と進む。不条理を感じる。

 

9月某日

荻大ノートの更新が進まない。のりさん以外の方から原稿が届かないな・・・と思っていたらあっこちゃんからパブロクルーズのリポートが届いた。これをきっかけに更新開始。同時に皆さんに原稿執筆を呼びかける。皆さんお忙しいでしょうが、短くても結構です、原稿をお待ちしております。

 

9月某日

2週間の短い日本滞在。今回は撮影も編集もないので、さっそく「荻大飲み会」開催。(笑)ぬまべさんが50代に別れを告げるそうで色々と思うところがあるという。まあみんな順番だからしょうがない。還暦を迎えたからといって荻大メンバーが突然老け込むわけでもない。皆さんゆっくり年をとりましょう。(笑)そして10月はぜひしんゆり映画祭へ。

 

 

 

 

 

 

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